20002年3月の近況報告


拝啓 今日は3月3日、ひな祭りの日ですが、皆様にはご家庭で何か催しでいらっしゃいましようか。
 私は今日、「歴史に学ぶ」という講演を聴いてきて、午後は絵画展を観、今は「落日燃ゆ」という城山三郎氏の本の二回目を読んでいるところです。私は本が好きで、以前ほどではありませんが、それでも月に5〜6冊は読んでいます。
 様々な歴史書を読んでいますと、明治、大正、昭和と本当に多くの無名、有名な人々によって今日までの日本が作られてきたことがわかります。そして又、目に見えないところで又、日本人が知らないところで多くの日本人が、困難な目に遭っている多くの外国人を、助けてきていることがわかります。
 イラン、イラク戦争で孤立した日本人を救出してくれたトルコ航空。阪神大震災で孤児となった子ども達を招いて励ましてくれたポ−ランドの人々。これらは全て、100年前後以前の日本人の行動に対する恩返しだったことを知るとき、これからもっともっと、これからの世代の子供達に様々な史実を教え伝えていかなければならないことを、強く感ずるのです。
 日本が今倒れかかっているこの時に、改めて歴史を学ぶ重要性を痛感するものであります。
さて、2月は毎週上京していました。
2月11日、竹田恒泰氏の講演と食事会に招かれ上京しました。尚このパ−ティ−の席で小泉首相の相談役的立場にある評論家、浅川博忠氏と先輩、私、竹田さんの4人の立ち話の中で、横浜市長選へ竹田さんが出馬することが決まりました。
 私は、いずれ(数年後)日本崩落の時、明治天皇の直系である竹田氏を国政の場へと期待しておりましたので、1期だけという条件をつけ、この市長選を応援することとなりました。
3月16日夕方横浜に入り、ホテル泊まりをしながら31日まで殆ど横浜で選対の中枢に入ることとなりました。
又2月17日は前松下政経塾々頭上甲晃先生主催の中国理解講座の勉強会で上京。10年計画で中国理解の勉強をしようというもので、中国社会科学院日本主任等の協力の下、普通では出来ない中国訪問の旅となります。(今年は、私が校長を努める学校の卒業式と、私が講師を努める大学通信講座の打ち合わせ等で出席出来ず残念です。)
2月22日には佐高信氏を囲む勉強会でした。佐高さんの人物判断の基準はハトかタカか。ダ−ティかクリ−ンかだそうです。(ハトとクリ−ンが第1)(ダ−ティ−なタカが1番ダメ)
また、改革については今まで、流れに乗ってきた人に改革は出来ない。外務省改革にしても川口外相の案は被告人が判決を書いているようなもの、とバッサリでした。
そして27日には、いずれ我が家も修復か新築をせねばなりませんが(本家昭和7年築、はなれ家明治3年、門は江戸時代のもの)そんなかいしょはありませんが、自然を大切にした建築家、大工さん達と三重県飯南町に出掛け、杉の木を見に行きました。
3月は年度末でもあり、公私にわたり誠に多忙な日々となりそうです。
3月17日から30日までの横浜市長選、私の次女がオ−ストラリアへの留学の為、3月22日、日本出発、家族での久しぶりの旅、学校の卒業式と更に4月、5月に予定をしています講演会、旅行会(宝塚)の準備等々、休みなしの日々が続きます。
 5年以内におきる日本の財政金融破綻、一層困難な経済。少数の(日本人の1割まで)人々が大変な苦しい状況におかれているデフレ状況(インフレになったときは、より多くの人々が痛みを感ずる)では、まだまだ国民の多くは日本の大変さがわかっていません。この状況下での森治男の出番はなかなか来ないかもしれませんが、あせらず、60歳まで待って出番に備えたいと日々勉強と仲間、理解者を増やす努力をしたいと頑張ります。あと5年弱、どうぞひきつづきのご支援を心よりお願い致します。
がんばりましょう。共々に。                                             敬具

                                                      森 治男  拝
   平成14年3月5日